Rosso di Montalcino DOC / Conti Costanti
ロッソ ディ モンタルチーノ DOC / コンティ コスタンティ
【タイプ】赤ワイン
【ブドウ品種】サンジョヴェーゼ
【ヴィンテージ】2023年
【産地】イタリア・トスカーナ州
【容量】750ml
【輸入元コメント】輝きあるルビー色。赤いフルーツの香り。バランスが良くエレガントで生き生きとしたフレッシュな味わい。旨みとしっかりとした骨格を持ち、アロマティックな長い余韻が楽しめる。お肉のソースのパスタや、きのこやトリュフのソースのパスタやリゾット。ポークや仔牛や、白身肉の肉料理と。
各誌の評価
2023年ヴィンテージは、生育期の天候対応により収量制限を余儀なくされるなど生産者にとって手腕が問われた年ですが、コスタンティは非常に洗練された、若いうちから楽しめつつ中期熟成も可能な美しいロッソを仕上げ、各誌でロッソ・ディ・モンタルチーノとしては異例とも言える極めて高い評価を獲得しています。
Kerin O'Keefe 93pt
ロッソとしてトップクラスの高得点。非常に細やかでエレガントな仕上がり。
Decanter 92pt
2025年9月のテイスティング。純粋な果実味と美しい酸、バランスの良さを高く評価。
【醸造方法等】醸造責任者はヴィットリオ・フィオーレ(Vittorio Fiore)氏、農業技術者はシモーネ・ナネッティ(Simone Nannetti)氏が務めています。ワイナリーの土地所有面積は25haで、そのうち畑面積は10haです。ブドウ畑の標高は310〜440mに位置し、主に南向きで日当たりが良い環境にあります。土壌は有機物に乏しく、岩石に富んだ地質であり、地質学的には白亜紀のガレストロ土壌に分類されます。
栽培面では、仕立て法にコルドーネ・スペロナートを採用しており、植樹率は1ヘクタールあたり3,333〜5,500株です。ブドウの樹齢は6〜25年となっています。
収穫は9月の第3週に行われます。醸造工程においては、ステンレスタンクを用いて2〜3週間のアルコール発酵を行い、その間2〜3週間のマセラシオンを施します。発酵後の熟成は、3.5〜6.0hlのフランス産トノーで12ヶ月間行われ、その後さらに1年間の瓶内熟成を経てリリースされます。
【生産者】コンティ コスタンティ
【生産者について】コスタンティの名前は、シエナが発祥の地であり、今日でもシエナ大学の学長のアパートメントにコスタンティの紋章が所蔵してあります(紋章はコスタンティのブドウ畑にレプリカが置いてあり、右の写真のように今日でも見ることができます)。現在のワイナリーのオーナーの先祖は1506年には大学の学長でした。シエナのコスタンティ家は、1555年から1559年までモンタルチーノの土地で戦われた最後のシエナの独立戦争の立役者となった242の素晴らしいファミリーの内の一つで、1559年にはシエナ共和国はフィレンツェとスペインにその権利を譲り渡さなければなりませんでした。それにもかかわらず、ファミリーはモンタルチーノの土地に執着しつづけ、広大なモンタルチーノの所有地にとどまることを決めたのでした。
一つの初期の逸話によると、16世紀にマルコ・アントニオ・コスタンティは、自分の愛する共和国のために戦うことに疲れたため、モンタルチーノの赤ワインで毎日顔を洗い、顔に血色の良さと活力を取り戻し、戦いに向かう人々を安心させたということです。
数世紀の後、クレシェンツィオとカルロのコスタンティ兄弟は、別の共和国・ヴェネツィアと戦い、二人の勇気によりファミリーは1711年に伯爵の称号を得ました。その後の世代は自分たちの土地で、自由な仕事・平和な事業を行いました。
コスタンティの所有地はColle al Matrichese(現在のワイナリーのある中心地)のファミリーの元々の土地から、シエナ周辺のCastle of Bibbiano、Sovignanoに移りました。現在の所有者であるアンドレアは所有地の恵みを“meritsandmarriages”と考え、それによりファミリーは常にモンタルチーノで最も高い階級に位置づけられています。
17世紀の中頃、別のクレシェンツィオ・コスタンティはブドウ栽培の仕事を非常に真剣に考えました。急な勾配の石の多いヒルサイドの土壌を掘り起こしながら、彼はもっと良いワインができることを確信し、その後クレシェンツィオはエトゥルスキの人工遺物を沢山発見したのでした。彼の発見はモンタルチーノの歴史に光をあてるのに重要な役割を果たし、クレシェンツィオは優秀なブドウ栽培者と“考古学者”という2つの名声を手にしました。
もう一人のコスタンティ家の有名人は、ティト・コスタンティで、彼は弁護士でありブドウ栽培者でした。彼のBrunelloは現在のDOCGとDOCを予見していました。彼はBrunello for Montalcinoredという名前を使った最初の人々のうちの一人であるだけでなく、彼の使った方法は、現在のものとほとんど変わりがないものでした。
私たちはティトの1865と1869ヴィンテージを記録しています。彼は1870年のシエナのワインショーに両ヴィンテージを出展し、それらは今日のBrunelloとRosso di Montalcinoの紛れもない先駆者でした。
何世代の後も、コスタンティは(その名の通り、イタリア語では「不変の・一定の」という意味ですが、)モンタルチーノの素晴らしさを父から息子へと受け継いでいます。コスタンティのBrunelloは、1960年代の初頭まで秘密にされ、オーナーの友人や家族の間だけでしか出まわっていませんでした。
その後、イタリアワインの最初のメジャー革命があり、DOCシステムが導入され、医者でありブドウ栽培者であるエミリオ・コスタンティ伯爵は、彼が座長を務めるロータリークラブのシークレットテーブルでコスタンティのワインが出回ることを許しました。ドクター・コスタンティは子供がいませんでしたが、それ故に彼はコスタンティの独創的な考えが生まれ、世界で知られる様になることを確信したのかも知れません。
最初の“公の”ヴィンテージがリリースされワイナリーのポテンシャルが最大化した後、エミリオ・コスタンティは古いシエナのファミリーのたった一人の末裔である、当時まだ大学の地質学科を卒業したばかりでワイン業界では何もバックグラウンドのない、アンドレア・コスタンティを探し出しました。アンドレアは1983年に、歴史的に名高い伯爵の相続人・後継者に指名され、すぐにエミリオの信頼が正しいことを証明しました。彼は新しい莫大な責務をうまく果たしただけでなく、偉大なBrunelloを造るというファミリーの評判を高めたのでした。
今日、彼はモンタルチーノで最も輝かしい名前を持つ人々の一人であり、コスタンティ・ファミリーの家系の中で芽吹いている沢山の新しい枝の幸せな父親です。
2023 ロッソ ディ モンタルチーノ DOC / コンティ コスタンティ
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