Brunello di Montalcino DOCG / Conti Costanti
ブルネッロ ディ モンタルチーノ DOCG / コンティ コスタンティ
【タイプ】赤ワイン
【ブドウ品種】サンジョヴェーゼ
【ヴィンテージ】2018年
【産地】イタリア・トスカーナ州
【容量】750ml
【輸入元コメント】ガーネットの色調を帯びた、輝きあるルビー色。赤いフルーツ、スパイスやバニラの濃厚で複雑な熟成した香り。官能的で芳醇な味わい。クラッシックで高貴、エレガントでボリュームある素晴らしい味わい。赤身肉のロースト、ジビエや肉のグリル。リッチで濃厚なお料理に合う。各誌の評価
2018年ヴィンテージは、このワイナリーのエレガンスと緻密な酸が際立つ仕上がりとなっており、特に各誌で非常に高い評価を獲得しています。
Kerin O'Keefe 99点
香り高くエレガント、生き生きとした酸と洗練されたタンニンが見事に調和した、このヴィンテージ最高峰の1本と絶賛。
Decanter (Michaela Morris)94pt
通常より大樽の使用比率を高めた年。エキゾチックなスパイスやスミレの香りに、美しいウェイトとジューシーな酸。
Wine & Spirits Magazine94pt
エレガンスとストラクチャーのバランスを高く評価。
Robert Parker's Wine Advocate (Monica Larner)93pt
ダークガーネットの色調、ドライフルーツやブラックカラント、イチジクなどの凝縮感のある熟成のニュアンス。
Wine Spectator (Bruce Sanderson)93pt
チェリーやラズベリー、タイムの香りに、直線的で緻密なストラクチャーとキリッとしたタンニン。
JancisRobinson.com (Walter Speller)17/20pt
ミネラル感に溢れ、堅牢で古典的。ゆっくりと開花する美しい仕上がり。
【醸造方法等】栽培責任者であるシモーネ・ナネッティ氏の管理のもと、10ヘクタールの畑ではサンジョヴェーゼ・グロッソが丹念に育てられています。畑は標高310〜440mの日当たりの良い南向き斜面に位置し、土壌は有機物に乏しく岩石に富んだ、地質学的には白亜紀のガレストロ(泥灰岩)土壌で構成されています。仕立て法には水平のコルドーネ・スペロナートを採用。1ヘクタールあたり3,333〜5,500株という適切な植樹密度を保ち、収穫量は1ヘクタールあたり35ヘクトリットルという極めて低い値に抑えられています。収穫はブドウが完全に成熟する10月の第1週に行われます。高名なエノゴロ『ヴィットリオ・フィオーレ』氏の監修のもと、ステンレスタンクを用いて2〜3週間かけてアルコール発酵。その後、トータルで48ヶ月間に及ぶ長期の熟成プロセスに入ります。その内訳は、12ヶ月間をフレンチオークのトノーで、24ヶ月間を伝統的なスロヴェニアオーク樽でそれぞれ熟成させます。樽熟成を経たのち、さらに味わいの調和を高めるために12ヶ月間瓶内熟成。
【生産者】コンティ コスタンティ
【生産者について】コスタンティの名前は、シエナが発祥の地であり、今日でもシエナ大学の学長のアパートメントにコスタンティの紋章が所蔵してあります(紋章はコスタンティのブドウ畑にレプリカが置いてあり、右の写真のように今日でも見ることができます)。現在のワイナリーのオーナーの先祖は1506年には大学の学長でした。シエナのコスタンティ家は、1555年から1559年までモンタルチーノの土地で戦われた最後のシエナの独立戦争の立役者となった242の素晴らしいファミリーの内の一つで、1559年にはシエナ共和国はフィレンツェとスペインにその権利を譲り渡さなければなりませんでした。それにもかかわらず、ファミリーはモンタルチーノの土地に執着しつづけ、広大なモンタルチーノの所有地にとどまることを決めたのでした。
一つの初期の逸話によると、16世紀にマルコ・アントニオ・コスタンティは、自分の愛する共和国のために戦うことに疲れたため、モンタルチーノの赤ワインで毎日顔を洗い、顔に血色の良さと活力を取り戻し、戦いに向かう人々を安心させたということです。
数世紀の後、クレシェンツィオとカルロのコスタンティ兄弟は、別の共和国・ヴェネツィアと戦い、二人の勇気によりファミリーは1711年に伯爵の称号を得ました。その後の世代は自分たちの土地で、自由な仕事・平和な事業を行いました。
コスタンティの所有地はColle al Matrichese(現在のワイナリーのある中心地)のファミリーの元々の土地から、シエナ周辺のCastle of Bibbiano、Sovignanoに移りました。現在の所有者であるアンドレアは所有地の恵みを“meritsandmarriages”と考え、それによりファミリーは常にモンタルチーノで最も高い階級に位置づけられています。
17世紀の中頃、別のクレシェンツィオ・コスタンティはブドウ栽培の仕事を非常に真剣に考えました。急な勾配の石の多いヒルサイドの土壌を掘り起こしながら、彼はもっと良いワインができることを確信し、その後クレシェンツィオはエトゥルスキの人工遺物を沢山発見したのでした。彼の発見はモンタルチーノの歴史に光をあてるのに重要な役割を果たし、クレシェンツィオは優秀なブドウ栽培者と“考古学者”という2つの名声を手にしました。
もう一人のコスタンティ家の有名人は、ティト・コスタンティで、彼は弁護士でありブドウ栽培者でした。彼のBrunelloは現在のDOCGとDOCを予見していました。彼はBrunello for Montalcinoredという名前を使った最初の人々のうちの一人であるだけでなく、彼の使った方法は、現在のものとほとんど変わりがないものでした。
私たちはティトの1865と1869ヴィンテージを記録しています。彼は1870年のシエナのワインショーに両ヴィンテージを出展し、それらは今日のBrunelloとRosso di Montalcinoの紛れもない先駆者でした。
何世代の後も、コスタンティは(その名の通り、イタリア語では「不変の・一定の」という意味ですが、)モンタルチーノの素晴らしさを父から息子へと受け継いでいます。コスタンティのBrunelloは、1960年代の初頭まで秘密にされ、オーナーの友人や家族の間だけでしか出まわっていませんでした。
その後、イタリアワインの最初のメジャー革命があり、DOCシステムが導入され、医者でありブドウ栽培者であるエミリオ・コスタンティ伯爵は、彼が座長を務めるロータリークラブのシークレットテーブルでコスタンティのワインが出回ることを許しました。ドクター・コスタンティは子供がいませんでしたが、それ故に彼はコスタンティの独創的な考えが生まれ、世界で知られる様になることを確信したのかも知れません。
最初の“公の”ヴィンテージがリリースされワイナリーのポテンシャルが最大化した後、エミリオ・コスタンティは古いシエナのファミリーのたった一人の末裔である、当時まだ大学の地質学科を卒業したばかりでワイン業界では何もバックグラウンドのない、アンドレア・コスタンティを探し出しました。アンドレアは1983年に、歴史的に名高い伯爵の相続人・後継者に指名され、すぐにエミリオの信頼が正しいことを証明しました。彼は新しい莫大な責務をうまく果たしただけでなく、偉大なBrunelloを造るというファミリーの評判を高めたのでした。
今日、彼はモンタルチーノで最も輝かしい名前を持つ人々の一人であり、コスタンティ・ファミリーの家系の中で芽吹いている沢山の新しい枝の幸せな父親です。
2018 ブルネッロ ディ モンタルチーノ DOCG / コンティ コスタンティ
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